机の上に、一枚の正方形がある。
いや、正確には、これから描こうとしている正方形である。
面積2平方センチメートルの正方形を描きたいと思う。
さて、この正方形の一辺は何センチメートルだろう。
「√2を求めなさい」と書かれると、急に数学らしい顔になる。
けれど、
「面積2の正方形の一辺は何センチメートルですか」
と聞かれると、話は少し違ってくる。
紙の上に描けそうな気がする。
定規で測れそうな気もする。
どこか遠い数学の国の話ではなく、机の上に置ける話になる。
だから、一度描いてみてほしい。
すぐに小さな困ったことが起きる。
面積2の正方形を正確に描こうとすると、その一辺の長さが分からない。
知りたいものを描くために、その知りたいものが先に必要になる。
少し妙な話である。
だから、遠回りをする。
一辺1センチメートルの正方形を描いてみよう。
こちらは簡単だ。
面積は1平方センチメートル。
その正方形を対角線で切ると、同じ形の直角二等辺三角形が二枚できる。
これをもう1セット用意して欲しい。
そうしてできた四枚の三角形を集めて並べ替えてみる。
すると、一つの正方形が現れる。
その一辺は、もとの正方形の対角線そのものだ。
しかも、その面積は2平方センチメートルになる。

理由は難しくない。
四枚の三角形は、面積1の正方形を二枚切ってできたものだからである。
つまり、面積2の正方形の一辺は、一辺1の正方形の対角線そのものなのである。
さっきまで想像の中にあった長さが、急に一本の線として目の前に現れる。
不思議なことに、その一本の線は、さっきまでより少し特別なものに見えてくる。
では、その長さは何センチメートルなのだろう。
1センチでは短い。
2センチでは長すぎる。
その間にあることだけは分かる。
1.5センチだろうか。
そうすると面積は2.25平方センチメートルになってしまう。
少し大きい。
では1.4センチ。
今度は1.96平方センチメートル。
少し小さい。
1.41。
まだ足りない。
1.42。
今度は少し大きい。
1.414。
1.4142。
1.41421。
1.414213。
数字は少しずつ伸びていく。
近づいていることは分かる。
だが、「これで終わり」という場所は見えてこない。
生徒の声が聞こえてくる気がする。
「先生、それなら答えは1.41421356……なんじゃないですか」
半分だけ正しい。
小数で書こうとすれば、たしかにそうなる。
1.41421356……
そして、その先もまだ続いていく。
けれど、私たちが途中で書き止める
1.4142
や
1.414213
は、本当の長さではない。
本当の長さへ近づこうとする途中の姿なのである。
数学者たちは、この奇妙な数に短い名前を付けた。
「二乗すると2になる正の数」。
それを
√2
と書く。
ここで、もう一つ不思議なことがある。
私は今まで、ずっと長さの話をしてきた。
ところが教科書では、√2は数として登場する。
長さと数は、どう結びつくのだろう。
一本の数直線を用意する。
0から1までの長さを1と決める。
長さ1センチメートルの場所を数1としようか。
長さ2センチメートルは数2になる。
では、先ほどの対角線を切り取って、数直線の0にぴたりと合わせ、ぱたん、と倒してみよう。
線分の先が止まった場所。
そこが√2である。
一本の対角線が、そのまま数直線の上の一つの位置になる。
そして、そこはその場所にふさわしい「数」の住処でもある。
図形と数は、別々の世界ではない。
長さは、そのまま数なのである。
数直線を眺めていると、さらに気になることがある。
√2は1と2の間にある。
それは間違いない。数直線の上で場所は確認できている。
では、いったいどんな数なのだろう。
1.414
1.4142
1.41421
1.414213
どれも近い。
だが、どれも違う。
もっと桁を増やせば、本当の姿にたどり着くのだろうか。
近づくことはできる。
どこまでも。
しかし、届くことはない。
そんな数が、この世界にはある。
そこで人々は、ここでも新しい名前を用意した。
分数で表せる数を有理数。
分数で表せない数を無理数。
√2は、その代表選手である。
人類は、思いつきで無理数を発明したわけではない。
先にあったのは、ただ一枚の正方形だった。
面積が2の、ごく普通の正方形。
その一辺を知りたい。
たったそれだけの願いから、自分たちが思っていたよりも広い数の世界が姿を現したのである。
もちろん、「本当に分数では表せないのですか」
と聞かれれば、数学は、そのことを示す美しい証明を用意している。
だが、それはまた別のお話。
今日はただ、数直線の1と2の間に静かにたたずむ√2の姿だけ、心に残してもらえれば、それで十分だ。
そしてもし、一辺1センチメートルの正方形を描くことがあったら、その対角線を少し眺めてみてほしい。
何の変哲もない一本の線である。
しかしその静かな線は、人類が数の世界の広さに気づくきっかけになった長さなのである。


