自由度の逆説、あるいは変数をめぐる旅

深夜、私は机の前で、インターネットの海から拾い上げたひとつの数式を眺めていた。

それは、ある数学の問題だった。

\(x>0,\ y>0\) のとき、

$$
\frac{x^2+xy}{x^2+y^2}
$$

の最大値を求めよ。

一見して、少しばかり厄介なものに思えた。
変数が二つあるのだ。\(x\) と \(y\)。

それらは互いに独立して、好き勝手に動き回るように見える。分子も分母も、その動きに合わせて大きくなったり小さくなったりする。

何から手をつければよいのだろう。
しばらくの間、私はただ式を静かに眺めていた。

見つめているうちに、分母の

$$
x^2+y^2
$$

という形が気になり始めた。
見覚えのある輪郭だった。
もし、極形式を使ったらどうなるだろうか。

$$
x=r\cos\theta,\qquad
y=r\sin\theta
$$

と置いてみる。

代入すると、分母は \(r^2\) になり、分子からも \(r^2\) がきれいにくくり出される。
すると奇妙なことが起こった。
原点からの距離を表しているはずの \(r\) が、あっけなく消えてしまったのである。

残されたのは

$$
\cos^2\theta+\sin\theta\cos\theta
$$

という式()だけだった。
なるほど、と思った。

この式は、自分が原点からどれほど離れているかには最初から関心を持っていない。ただ、原点から見てどちらの方向を向いているか、その向きだけを気にしているらしい。

しかし、その先へどう進めばよいのかは、まだ見えなかった。

私は極形式の手がかりをいったん脇に置き、別の道を歩くことにした。

数式全体を \(k\) と置く。
求めたいのは、この \(k\) が取り得る最大値である。

ただ文字を置いたからといって、何かが解決するわけではない。
だが、いまできることをやってみる。
まず分母をはらう。

$$
x^2+xy=k(x^2+y^2)
$$

さらに、両辺を正の数 \(x^2\) で割る。

$$
1+\frac{y}{x}
=
k\left(1+\frac{y^2}{x^2}\right)
$$

ここで、

$$
t=\frac{y}{x}
$$

と置く。

すると式は

$$
1+t=k(1+t^2)
$$

となり、

$$
k=\frac{1+t}{1+t^2}
$$

と書き直せる。

私は少しの間、呆然としていた。

二変数だと思い込んでいた世界が、いつの間にか、\(t\) というたった一つの変数へと収束していたのである。

\(x\) と \(y\) という二つの存在が織りなす複雑さに眩暈を覚えていたはずなのに、最後に向き合うべきものは、その比だけだった。

こうなれば、あとは静かな作業にすぎない。

微分して増減を調べる。

計算を進めると、

$$
t=\sqrt2-1
$$

のとき、

$$
k=\frac{1+\sqrt2}{2}
$$

となることが分かった。

解き終えてから、私は最初に試した極形式のことを思い出していた。

比として現れた

$$
t=\frac{y}{x}
$$

は、

$$
t=\frac{r\sin\theta}{r\cos\theta}
=\tan\theta
$$

にほかならない。

極形式から見えていた「方向」と、式変形によって現れた「比」。
それらは別々のものではなかった。

同じ自由度を、異なる言葉で語っていただけだったのである。
どちらの道を歩いても、原点からの距離である \(r\) は途中で静かに姿を消す。

残るのは、原点から見た向きだけである。

この問題は、最初から大きさを見ていたわけではなかった。
見ていたのは、その向き――すなわち比だけだったのだ。

私たちはしばしば、目の前にある自由度の多さに惑わされる。
変数が多いほど、選択肢が多いほど、その自由さに束縛を感じるような感覚に陥る。であるかのように感じてしまう。
しかし、本当に引き受けるべき自由度は、案外もっと少ない。

見かけの複雑さを一枚ずつ剥がしていくと、最後には一本の糸だけが残ることがある。
二変数という幻影から、一変数という本質へ。

数学が見せてくれるのは、答えそのものの美しさというよりも、余分な自由を静かに削ぎ落とし、本当に残るべき変数を見つけ出す、その発見の瞬間なのかもしれない。

※【極形式ルートの解法】について

本文では、式変形によって

$$
t=\frac{y}{x}
$$

という比に注目する道を歩いた。

しかし、最初に思いついた極形式の道も、最後まで歩くことができる。

$$
x=r\cos\theta,\qquad
y=r\sin\theta
\qquad
\left(0<\theta<\frac{\pi}{2}\right)
$$

とおくと、

$$
\frac{x^2+xy}{x^2+y^2}
=
\cos^2\theta+\sin\theta\cos\theta
$$

となる。

ここで二倍して整理すると、

$$
2\left(\cos^2\theta+\sin\theta\cos\theta\right)
=
1+\cos2\theta+\sin2\theta
$$

である。

さらに、

$$
\sin A+\cos A
=
\sqrt2\sin\left(A+\frac{\pi}{4}\right)
$$

を用いれば、

$$
2\left(\cos^2\theta+\sin\theta\cos\theta\right)
=
1+\sqrt2
\sin\left(
2\theta+\frac{\pi}{4}
\right)
$$

となる。

したがって、

$$
\sin\left(
2\theta+\frac{\pi}{4}
\right)
\le1
$$

より、

$$
2\left(\cos^2\theta+\sin\theta\cos\theta\right)
\le
1+\sqrt2,
$$

すなわち

$$
\frac{x^2+xy}{x^2+y^2}
\le
\frac{1+\sqrt2}{2}
$$

となる。

等号成立条件は

$$
2\theta+\frac{\pi}{4}
=
\frac{\pi}{2},
$$

つまり

$$
\theta=\frac{\pi}{8}
$$

である。

本文では、比

$$
t=\frac{y}{x}
$$

が本質だった。

こちらの解法では、「方向」を角度で表しただけである。

結局、

$$
\frac{y}{x}
=
\tan\theta
$$

なのだから、二つの解法は違うものではない。

どちらも「大きさ」ではなく、「向き」だけを見ていたのである。

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