遠くを見る目と、細かく見る目

「先生、この問題なんですけど」

そう言って、男子生徒がノートをこちらへ向けた。

$$
a_{n+1}=\sqrt{a_n+3}-1,\qquad a_0=0
$$

このとき、

$$
\lim_{n\to\infty}a_n
$$

を求めよ、という問題だった。

彼は、すでに少し考えている様子だった。
ノートには、こう書かれていた。

$$
a_{n+1}=y,\qquad a_n=x
$$

そして、

$$
y=\sqrt{x+3}-1
$$

「漸化式を関数に見立てたんです」

彼は言った。

「いいね」

私はそう答えた。

漸化式の向こうに、ひとつの関数を見る。
今の値を入れると、次の値が返ってくる。
そういう仕組みとして見立てている。

これは悪くない。
むしろ、かなりいい。

横にいた女子生徒が、ノートをのぞき込んだ。

「つまり、\(x\) を入れたら \(y\) が出るってこと?」

「そう。今回なら、今の値 \(a_n\) を入れると、次の値 \(a_{n+1}\) が出る」

私は、ノートの余白に書いた。

$$
a_{n+1}=f(a_n)
$$

ただし、

$$
f(x)=\sqrt{x+3}-1
$$

である。

男子生徒は続けた。

「で、\(x\) が大きくなっていけば、\(y\) の変化はだんだん小さくなる気がしたんです。ものすごく大きな数どうしを入れて比べたら、出てくる \(y\) の差は小さくなるんじゃないかと。だから、この操作をずっと繰り返していけば、はるか先では \(y=x\)、つまり \(a_{n+1}=a_n\) みたいになるんじゃないかと」

私は少し黙った。

その発想は、よい。
かなりよい。

けれど、少しだけ混ざっているものもある。

大きな \(x\) を入れたとき、関数の値の変化が鈍くなること。
数列を先へ進めたとき、前の項と次の項の差が小さくなること。

それらは近くにある。
けれど、同じではない。

「うん。発想としては自然。でも、数学の言葉にするときに、少し変換がいる」

私はノートに書いた。

$$
\text{大きな }n\text{ で }a_{n+1}=a_n
$$

その下に、もう一つ書いた。

$$
\text{収束するなら、極限値 }L\text{ は }L=f(L)\text{ を満たす}
$$

「この二つは似ている。でも同じではない」

男子生徒は少し考えてから言った。

「実際に、どこかの \(n\) で等しくなるわけじゃない、ってことですか」

「そう」

私はうなずいた。

「少なくとも、どこかの \(n\) でぴたりと

$$
a_{n+1}=a_n
$$

になる、という意味ではない。そこは気をつけた方がいい」

男子生徒は、少し考えていた。

「等しくなるんじゃなくて、近づいていく?」

「そうだね。もしある値に近づいていくなら、その近づいた先では、前の項と次の項の差は消えているはずだ」

だから、答案ではこう書く。

$$
a_n\to L
$$

ならば、

$$
a_{n+1}\to L
$$

でもある。

漸化式

$$
a_{n+1}=\sqrt{a_n+3}-1
$$

の両辺で極限をとれば、

$$
L=\sqrt{L+3}-1
$$

となる。

「先に \(a_{n+1}=a_n\) と置くんじゃなくて、収束先では同じ値になるから、\(L\) についての式になるんですね」

女子生徒が言った。

「そういうこと」

固定点。
ある値を入れると、同じ値が返ってくる点。

今回なら、

$$
L=\sqrt{L+3}-1
$$

を解けばよい。

男子生徒が計算を続けた。

$$
L+1=\sqrt{L+3}
$$

両辺を二乗して、

$$
(L+1)^2=L+3
$$

$$
L^2+2L+1=L+3
$$

$$
L^2+L-2=0
$$

$$
(L+2)(L-1)=0
$$

したがって、

$$
L=1,\ -2
$$

「候補は二つですね」

男子生徒が言った。

「いや、ここで一つは消える」

私は、二乗する前の式を指差した。

$$
L+1=\sqrt{L+3}
$$

「右辺は平方根だから、必ず \(0\) 以上になる。つまり、左辺の \(L+1\) も \(0\) 以上でなければならない」

ところが、

$$
L=-2
$$

だと、

$$
L+1=-1
$$

となる。

二乗したあとの式は満たしても、二乗する前の式は満たさない。

「\(-2\) は二乗したことで出てきた余分な解なんですね」

女子生徒が言った。

「そう。固定点として残るのは \(1\) だけだ」

したがって、収束するとすれば、その極限値は

$$
L=1
$$

である。

「じゃあ、答えは \(1\) ですか」

男子生徒が聞いた。

「まだ、少し早い」

「え、まだですか」

「まだです」

私は笑った。

極限の問題では、つい方程式だけを解いてしまいたくなる。
けれど、方程式が出すのは、あくまで候補である。

その候補に本当に向かっていくのか。
途中でどこかへ逃げていかないのか。
増えたり減ったりして、落ち着かないことはないのか。
そこを確認する必要がある。

「じゃあ、まず何を見ればいいですか」

女子生徒が聞いた。

「範囲だね。今回なら、\(a_n\) がどこにいるのかを見る」

初項は

$$
a_0=0
$$

である。

そして、もし

$$
0\leq a_n<1
$$

だとすると、

$$
3\leq a_n+3<4
$$

だから、

$$
\sqrt3\leq \sqrt{a_n+3}<2
$$

したがって、

$$
\sqrt3-1\leq a_{n+1}<1
$$

となる。

特に、

$$
0<a_{n+1}<1
$$

である。

「つまり、\(0\leq a_n<1\) にいたら、次もまた \(0\leq a_{n+1}<1\) にいる」

「そう」

そして最初の \(a_0=0\) も、この範囲にいる。

だから同じ理屈を順に使っていけば、

$$
0\leq a_n<1
$$

がすべての \(n\) で成り立つ。

「ずっと、\(0\) 以上 \(1\) 未満にいるわけですね」

男子生徒が言った。

「そう。収束先の候補は \(1\) だった。\(0\) から始まって、もし \(1\) に近づいていくのなら、増えていくのではないか。そう見たくなる」

「だから、増加しているかどうかを調べるんですね」

「そう。見立てを確かめる」

私は少し言い直した。

「いや、見立ては確かめる」

そこで、

$$
a_{n+1}-a_n
$$

を調べる。

$$
a_{n+1}-a_n
=\sqrt{a_n+3}-1-a_n
$$

これが正かどうかを知りたい。

ここでは、有理化して符号を見てみる。

$$
a_{n+1}-a_n
=\sqrt{a_n+3}-(a_n+1)
$$

$$
=\frac{(a_n+3)-(a_n+1)^2}{\sqrt{a_n+3}+a_n+1}
$$

$$
=\frac{(1-a_n)(a_n+2)}{\sqrt{a_n+3}+a_n+1}
$$

となる。

いま、

$$
0\leq a_n<1
$$

だから、

$$
1-a_n>0,\qquad a_n+2>0
$$

である。

また、分母

$$
\sqrt{a_n+3}+a_n+1
$$

も正である。

したがって、

$$
a_{n+1}-a_n>0
$$

である。

「増え続けるんですね」

「そう。しかも、さっき見たように、どの項も \(1\) より小さい」

男子生徒が言った。

「単調増加で、上に有界。だから収束する」

「うん。これでようやく、最初の固定点の話が使える」

数列は収束する。
極限を \(L\) とおく。

すると、

$$
a_n\to L
$$

であり、

$$
a_{n+1}\to L
$$

でもある。

漸化式より、

$$
L=\sqrt{L+3}-1
$$

この方程式を解くと、先ほど見たように、固定点として残るのは

$$
L=1
$$

だけである。

したがって、極限値は

$$
L=1
$$

である。

女子生徒が、最初の式をもう一度見た。

「最初の『大きな \(n\) なら \(a_{n+1}=a_n\) っぽい』っていうのは、間違いなんですか」

私は少し考えてから答えた。

「間違いというより、発想の言葉としてはいい。でも、答案の言葉としては粗い」

「粗い」

「そう。実際には、どこまで行っても \(a_{n+1}=a_n\) になるとは限らない。今回なら、あとで確かめたように、ずっと \(a_{n+1}>a_n\) のままだった」

男子生徒がうなずいた。

「でも、差は小さくなる」

「そう」

私はノートの端に、もう一度書いた。

$$
\text{大きな }n\text{ では、}a_{n+1}\text{ と }a_n\text{ はほとんど同じになるはず}
$$

その下に、もう一つ書く。

$$
\text{収束するなら、極限値 }L\text{ は }L=f(L)\text{ を満たす}
$$

「上が発想。下が答案」

教室が少し静かになった。

数学では、最初からきれいな言葉で考えられるとは限らない。

むしろ、最初はもっと曖昧でよい。

大きくなったら、前と次はほとんど同じではないか。
落ち着くなら、その場所ではもう動かないのではないか。
だったら、\(y=x\) との交点を見ればよいのではないか。

そういう見立てが、まずある。

ただ、その見立てを答案にするときには、少し姿を整える。

「はるか先で等しくなる」

ではなく、

「収束するとすれば、その極限値は固定点方程式を満たす」

と書く。

そして、そのあとに、

「実際に収束する」

ことを示す。

今回なら、

$$
0\leq a_n<1
$$

で上に抑えられ、

$$
a_{n+1}>a_n
$$

で増え続ける。

だから収束する。

その収束先は、

$$
1
$$

である。

男子生徒がノートの端に、小さく書いた。

発想:前後がほぼ同じ
答案:極限値は固定点

私はそれを見て、少しうれしくなった。

数学の答案は、最初から頭の中に完成品として現れるわけではない。
たいていは、もっとぼんやりした直感から始まる。

その直感を捨てなくていい。
ただ、直感のまま提出してしまうと、少し危うい。

だから、橋を架ける。

「そう見える」から、
「そう言える」へ。

発想が、答案の言葉に変わる瞬間。
その少し手前にある、まだ形の粗い理解。

それを信じすぎず、捨てすぎず、確かめる方へ歩く。
私は、その判断を大事にしてほしいと思っている。

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