小さな公式

文字を使った式を習ったころのことを、いまでも少し覚えている。
最初に学ぶのは、書き方の約束だった。

$$
3\times a=3a
$$

$$
x\times y=xy
$$

掛け算の記号を省く。
ただ、それだけのことだった。

\(x\times3\) は \(x3\) とは書かない。
数を文字の前に置いて、

$$
x\times3=3x
$$

と書く。

\((a+5)\times3\) も、\((a+5)3\) とはしない。
順番を入れ替えて、

$$
3(a+5)
$$

と表す。

文字の積は、ふつうアルファベット順に並べる。
\(b\times a\) なら

$$
b\times a=ab
$$
アルファベット順は英語で学ぶ範疇だけれど、どうということはない。

\(1\)や\(-1\)を掛けるときは、\(1\)を省略する。
\(b\times(-1)\) は \(-b\)。
\(-1b\)ではなく。

そういうものだ、と言われれば、そういうものだと思えた。

私は、覚えることがそれほど苦手ではなかった。
だから、このあたりで困った記憶はあまりない。

割り算も、同じだった。

$$
b\div5=\frac{b}{5}
$$

$$
x\div\frac23=x\times\frac32=\frac{3x}{2}
$$

あるいは、

$$
x\div\frac23=x\times\frac32=\frac32x
$$

と書いてもよい。

\(\frac{3x}{2}\) と \(\frac32x\) は、同じものを表している。

いずれにせよ、分数で割ることは、逆数を掛けることだと知っていれば、それほど遠い話ではなった。

累乗も習った。

$$
a\times a\times a=a^3
$$

ただし、ここには少しだけ罠がある。

\(a^3\) は、\(a\) が三つ掛け合わされているという意味である。
\(a\) が三つある、という意味ではない。

\(a\) が三つあるなら、

$$
3a
$$

と書く。

いまなら、その違いははっきり言える。
だが、初めて見たときには、どこか似た顔をしているようにも見えた。

それでも、練習問題は解けた。

$$
y\times(-3)=-3y
$$

$$
2x\div(-5)=-\frac{2x}{5}
$$

反対に、省略された式を元に戻す練習もした。

$$
-2mn=-2\times m\times n
$$

$$
6x^3y=6\times x\times x\times x\times y
$$

この作業も、嫌いではなかった。

式が、折りたたまれている。
それを、もう一度ひらく。
そんな感じがあった。

少し注意が必要なのは、たとえば

$$
\frac{a-b}{8}
$$

のような式である。

これを、

$$
a-\frac{b}{8}
$$

と読んではいけない。

\(8\)で割っているものは何か。
そこを見なければならない。

$$
\frac{a-b}{8}
$$

では、\(8\)で割っているのは \(a-b\) 全体である。
\(b\) だけではない。

だから、元に戻すなら、

$$
\frac{a-b}{8}=(a-b)\div8
$$

となる。

\(a-b\) を、ひとつの塊として\(8\)で割る。
だから、\(a-b\) をかっこで閉じ込めておく。

式は、ただ記号を並べているのではない。
どこまでがひとまとまりなのか。
何が何にかかっているのか。
そういうことを、静かに伝えている。

このあたりまでは、たぶん順調だった。
だが、あるところで私は止まった。
こんな問題である。

一枚二十円の画用紙を \(a\) 枚買ったときの代金を、文字の式で表せ。

いまの私なら、何のためらいもなく、

$$
20a
$$

と書く。

二十円の画用紙を \(a\) 枚買う。
一枚あたりの値段に、枚数を掛ける。
だから、

$$
20\times a=20a
$$

である。
何も難しくない。

一枚なら、

$$
20\times1=20
$$

五枚なら、

$$
20\times5=100
$$

では、\(a\) 枚なら、

$$
20\times a=20a
$$

それだけのことだ。

それだけのことなのに、当時の私は、そこで何かに引っかかった。
答えは書けたのかもしれない。
けれど、分かったとは言えなかった。

何をしているのかが分からなかったのである。
いや、少し違う。

私が感じていたのは、おそらくこういうことだった。
「だから、なんなのだ」。

一枚なら二十円。
五枚なら百円。
それは分かる。

では、\(a\) 枚なら \(20a\) 円。

そう書いたところで、いったい何が分かったことになるのか。

\(a\) が何枚なのか分からないから、答えも分からない。
それなのに、なぜこれを答えと呼ぶのか。

たぶん、そこが腑に落ちなかったのだと思う。
いま、私がそのころの自分に説明するとしたら、こう言うだろう。

『文字は、数の入れ物になる』

\(a=1\) なら、

$$
20a=20\times1=20
$$

\(a=5\) なら、

$$
20a=20\times5=100
$$

だから、\(a\) に数を入れれば、ちゃんと代金が出てくる。

このように、文字に具体的な数を入れることを代入と言う。
たぶん私は、授業でもそう説明する。
だが、それで当時の私が納得したかどうかは分からない。

「それは分かった。でも、だから何なのだ」

やはり、そう思ったかもしれない。

文字の式が分からないのではない。
文字の式を使う意味が分からなかったのだ。

そこには、少し深い断絶がある。
計算のルールを覚えることと、そのルールが開いている世界を見ることは、同じではない。

当時の私に必要だったのは、たぶん説明ではなかった。
少なくとも、計算手順の説明だけではなかった。

必要だったのは、目的だった。

なぜ、わざわざ文字を使うのか。
なぜ、まだ決まっていない数を、そのまま式に入れておくのか。
なぜ、\(20a\) などという、答えのようで答えでないものを書くのか。

いまなら、こう言ってみたい。

『君はいま、公式を作ったのだ』。

一枚二十円の画用紙を買うときに使える、小さな公式を。

\(a\) に買った枚数を入れれば、代金が出る。

一枚なら二十円。
五枚なら百円。
十枚なら二百円。
三十七枚なら七百四十円。

そのたびに、最初から考え直さなくていい。
式が、先に待っていてくれる。

$$
20a
$$

という式は、ただの省略ではない。
それは、いくつもの場合を一つにまとめたものである。

もちろん、そんなことを言われても、当時の私は笑ったかもしれない。

「それだけ?」

そう言ったかもしれない。

たしかに、それだけである。

一枚二十円の画用紙を何枚か買う。
その代金が分かる。

ただ、それだけの式だ。
だが、最初はそれでいい。

三角形の面積の公式も、同じところに立っている。

底辺を \(a\)、高さを \(b\) とすれば、

$$
\frac{ab}{2}
$$

である。

この式を持っていれば、底辺と高さが分かっただけで、三角形の面積を求めることができる。

細長い三角形でもいい。
ずんぐりした三角形でもいい。
紙に描いた三角形でも、地面に杭を打って作った三角形でもいい。

底辺と高さが分かれば、面積は出る。

それは便利なことだ。

だが、その公式は、円の面積を教えてはくれない。
台形の面積も、そのままでは教えてくれない。

だからといって、三角形の面積の公式に意味がないわけではない。

どの世界に使える式なのか。
何を入れれば、何が出てくるのか。

式には、それぞれ守備範囲がある。

$$
20a
$$

も同じである。

一枚二十円の画用紙を \(a\) 枚買う。
その世界の中では、この式はちゃんと働く。

たとえ小さな世界であっても、式は式である。
公式は公式である。

そこに、文字を使う意味がある。

文字は、まだ決まっていない数を入れるための空席である。
あるいは、いくつもの数を迎え入れるための入口である。

\(a\) は\(1\)でもよい。
\(5\)でもよい。
\(10\)でも、\(37\)でもよい。

そのたびに式は、同じ顔をしたまま、違う答えを返してくる。

この感じが分かるようになると、数学の景色は少し変わる。

それまでは、誰かが作った公式を使っていた。

長方形の面積。
三角形の面積。
円の面積。

どれも、どこか遠くの人が見つけ、教科書の中に置いてくれたものだった。

だが、文字の式を使い始めると、こちら側でも小さな公式を作ることになる。

一枚二十円の画用紙を \(a\) 枚買う。
代金は \(20a\) 円。

それは、あまりに小さい。
小さすぎて、公式と呼ぶのもためらわれる。

けれど、その小ささを馬鹿にしない方がいい。

数学は、たぶん、そういう小さな抽象から始まる。

一枚。
五枚。
十枚。

それぞれ別々に見えていたものを、ひとつの式に束ねる。

目の前にある具体的な数から、少しだけ身を離す。
そのかわり、どの場合にも通用する形を手に入れる。

具体から、一般へ。

その一歩目として、

$$
20a
$$

は、案外悪くない。

当時の私がそれを聞いて、すぐに納得したとは思えない。

「それで数学の世界と言われてもな」

そんな顔をしたかもしれない。

それでも、いまの私は、そのころの自分に言ってやりたい。

『これまでは、誰かが作った公式を使ってきた。
これからは、自分で式を作ることになる』。

最初は、画用紙の代金でいい。
リンゴの個数でもいい。
鉛筆の値段でもいい。

小さな世界でかまわない。

そこで、何が変わり、何が変わらないのかを見る。
変わるものを文字にする。
変わらない関係を式にする。

それができたとき、君はもう、ただ計算をしているだけではない。

まだ名前のない公式を、自分の手で作っている。

ようこそ、数学の世界へ。

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