一 帰ってきたよ
「えびさん、帰ってきたよ」
口に出してから、自分でも少し驚いた。
長野市大豆島。
大通りから一本入った道は、記憶の中の道よりも少し細かった。道そのものが変わったのではなく、私の中の尺度が変わったのかもしれない。
助手席には、小さな袋が置いてあった。
去年死んだ猫の骨だった。
骨、と言ってしまえばただの骨である。
だが、十五年を共に暮らした相手の一部であると思えば、それは妙な重さを持っていた。実際には軽かった。手のひらに乗るほどのものだった。軽すぎるくらいだった。
えびぞー。
そういう名前の猫だった。
もともとは、このあたりを歩いていた野良猫だった。茶虎の、なかなか男前の猫だった。顔に深い傷を負っていたことがあり、そのころ同じような怪我をした歌舞伎役者のことを思い出して、私はその猫をえびぞーと呼ぶようになった。
名前は、妙によく似合った。

猫に名前を与えるというのは、人間の勝手な行為である。猫のほうからすれば、そんなものは必要なかっただろう。けれど、私が彼に与えたものの中で、一番よかったものは何だったかと考えると、その名前だったのかもしれないと思うことがある。
えびぞー。
呼ぶと、彼は面倒くさそうにこちらを見た。
それでも来るときは来た。
来ないときは来なかった。
そこがよかった。
私はアパートの周囲を歩いた。
昔あった土の場所は、思ったより少なくなっていた。畑だった場所は削られ、空き地だったところには車が停まっていた。人間は住みやすくするために少しずつ土を消していく。土が消えると記憶も少し行き場を失う。
ようやく畑の隅に手頃な場所を見つけた。
小さな穴を掘る。
袋を開ける。
白い骨が見えた。
私はそれを土へ返した。
手を合わせた。
何を祈ったのかは覚えていない。たぶん、祈りというほど整ったものではなかった。ただ、そこに立っていた。
顔を上げると、生け垣が見えた。
あった。
まだ、あった。
その生け垣へ、えびぞーはよく潜り込んでいった。白い尻だけをこちらに見せ、身体を器用にねじ込んでいく。あの白い尻を、私は何度見送っただろう。
私はもう一度、その生け垣に頭を下げた。
失われたものの中に、残っているものがある。
残っているものの中に、失われたものがある。
そんなことを思った。
いや、思ったというより、風景がそう言っていた。
二 段ボールマンション
えびぞーは、最初から私の猫だったわけではない。
アパートの近くにいる野良猫だった。
私には、もともと猫好きのところがあった。向こうにも、人に近づくことを苦にしない性格があった。だから、私たちはわりに早く近づいた。
ただし、それは飼い主と飼い猫の関係ではなかった。
彼には彼の生活があった。
私には私の生活があった。
その二つの生活が、ベランダのあたりで重なっていただけだった。
私はベランダに、段ボールと発泡スチロールで小さな小屋を作った。入口にはタオルを垂らした。底にはバスタオルを畳んで敷いた。
私はそれを段ボールマンションと呼んだ。
ずいぶん立派な名前である。
実物は、ただの少し大きな段ボールだった。
それでも、えびぞーはそこに入った。
入って、丸くなった。
ときには顔だけ出して、こちらを見ていた。
冬の長野は冷えた。
朝晩には氷点下になると天気予報が告げる日が訪れた。
その夜から、私は湯たんぽをバスタオルにくるみ、段ボールマンションへ入れた。
入口のタオルを少し直し、風が直接入らないようにした。
それで十分だったかどうかはわからない。
たぶん十分ではなかった。
野良猫の冬というものは、人間が湯たんぽを一つ入れたくらいで解決するほど甘くはない。
けれど、私にできることはその程度だった。
朝と言わず夜と言わず、えびぞーは出かけた。
生け垣を抜け、畑を横切り、どこかへ行った。
雨の日も雪の日も、彼は出かけた。
縄張りの見回りなのだろう。
それが、野良猫としての仕事なのだろう。
白黒模様の別の猫を追い回しているところを見たことがある。
そして、近所の生け垣の隙間を、白い尻を見せて抜けていくところを見たこともある。
彼は忙しかった。

雨の夜、私の就寝前に帰ってくることがあった。
濡れた身体を拭いてやる。
タオルで背中を拭き、頭を拭き、腹のあたりを拭く。
彼は少し迷惑そうにしながらも、しばらくはされるがままになっていた。
そして、身体が乾くとまた外へ出た。
せっかく拭いたのに、と思う。
だが、彼には彼の用事がある。
私は、そういう彼が大好きだった。
三 兵庫十五年
その冬を越え春が来たころ、私は兵庫へ帰ることになった。
理由はいくつかあった。
その一つに、えびぞーのことがあった。
ちゃんとした環境で飼ってやりたい、と思い始めていたのだ。
もちろん、彼にそんな事情がわかるはずはない。ある日突然、小さなキャリーバッグに入れられ、見知らぬ長い移動をさせられたのだから、彼にしてみれば迷惑以外の何ものでもなかっただろう。
長野から兵庫へ。
彼は移動した。
野良猫ではなくなった。
家猫になった。
家猫になったからといって、急に行儀がよくなるわけではない。
襖はぼろぼろになった。
障子もやられた。
家族の警戒の網をくぐり抜け、脱走もした。
しかし、日常のパトロールの範囲は家の中になった。
ストレスになるのではないかと私は思っていた。
だが、案外そうでもなさそうだった。 窓の外はよく見ていた。
外を行く野良猫に向かって威嚇していた。
それでも、家の中にいることを拒んでいるようには見えなかった。
彼は、彼なりに引き受けたのだろう。
刺身を分けると喜んだ。
ちゅーるを出すと、目の色が変わった。
ブラッシングを要求してきたくせに、すぐに飽きて噛みついた。
叱られると、すねた。
それでもまた寄ってきた。
出かける私を、彼はよく見た。
「俺を置いていくなんて正気か?」
そんな顔をしていた。
帰ってくると、玄関のすぐ内側にいた。
見上げて鳴いた。
「お帰り」
私は勝手にそう訳した。
彼が本当にそう言っていたかどうかは知らない。
ただ、そう聞こえた。
十五年ほど、そんな日々が続いた。
歳を取るにつれ、家を破壊する行為は減った。おもちゃで遊ぶことも少なくなった。療法食を食べるようになった。寝ている時間が増えた。
それでも彼は、相変わらず男前だった。
そして、相変わらず私の側にいた。

ある日、彼は数年ぶりの脱走に成功した。
帰ってきたとき、身体にぺんぺん草をいっぱいつけていた。
誇らしげだった。
どこまで行ってきたのか。
何を見てきたのか。
誰と会ったのか。
彼は何も言わなかった。
ただ、少し得意そうにしていた。
その二週間ほどあとに、彼は死んだ。
四 またな
その日は、忘年会だった。
父から電話があった。
えびぞーが風呂場で倒れた。
変な鳴き声を上げた。
たぶん、もう駄目だろう。
そう言われた。
私は店を出た。
家まで八百メートルほどだった。
走った。
夜の道を走りながら、何を考えていたのか覚えていない。間に合うかもしれない、と考えていたような気もする。もう間に合わない、とどこかでわかっていたような気もする。
家に着き、風呂場へ駆け込んだ。
彼はそこにいた。
抱き上げた。
心音を聞こうとした。
瞳孔に光を当ててみた。
反応はなかった。
けれど、本当はその前にわかっていた。
えびぞーが私に「お帰り」と言わないはずがない。
だから、もういないのだと思うしかなかった。
二十分ほど抱いていた。
ようやく、ちゃんと寝かせてやらなければと思った。
段ボールの小箱にバスタオルを敷いた。
彼を包んだ。
頭と耳だけが、バスタオルから出ていた。
土曜日の夜だった。
調べると、小動物の火葬は月曜日になるらしかった。
冬だからすぐに傷むことはないだろう。それでも保冷剤を入れた。
長野の段ボールマンションを思い出した。
あのころは冷やすことなど考えたこともなかった。
どう温めるか。
どう寒さをやわらげるか。
氷点下の夜を、どうやって少しはましに越えさせるか。
そればかり考えていた。
それなのに、今は冷やしている。
そのことに耐えられなくなった。
私は泣いた。
土曜の夜中も、日曜の日中も、日曜の夜中も、何度も彼のいる部屋へ行った。
寝ているだけに見えたから。
今にも起き上りそうに見えたから。
名前を呼んだ。
えびぞー。
だが、彼は起きなかった。
月曜日、火葬場へ行った。
私は着ていたセーターを脱いで、えびぞーをくるんだ。
そのセーターは、彼の毛色に似ていた。たまたまだった。けれど、それが理由で私は気に入っていた。
係の人が金属のボタンを見て、それは焼けないので外してください、と言った。
はさみを貸してくれた。
私がボタンを切る間、係の人は、何も言わずに待っていてくれた。
炉の前に立った。
「さよなら」
そう言うつもりだった。
実際、そう言った。
けれど、そのあとに、
「またな」
と言っていた。
考えた言葉ではなかった。
準備した言葉でもなかった。
それが胸の真ん中からこぼれた。
私はそのとき、自分が何者なのか少しだけわかった気がした。
私は、別れの前で「またな」と言わずにはいられない人間なのだ。

五 足音の交錯
長野で骨を返したあと、私は諏訪へ向かった。
同窓会があった。
大学時代の友人たちと会うことになっていた。
長野道を南へ走る。
空は、晴れているとも曇っているともつかない色だった。
空模様、という言葉がある。
不思議な言葉だと思う。
青空には、あまり空模様という感じがしない。空模様という言葉には、どこか曖昧なものが似合う。晴れるのか、崩れるのか、まだ決めかねている空。あの日の空は、まさにそういう空だった。
西の山も東の山も、頂を雲に隠していた。
安曇野に入れば常念岳が見えるかもしれないと思っていたが、見えなかった。松本平の目印のように記憶していた山が見えないのは、やはり少し残念だった。
梓川サービスエリアに車を止めた。
グループLINEを開く。
「梓川なう。ここからは止まらずに向かいます」
そう送った。
その時点では本気だった。
しかし岡谷ジャンクションの手前で車列が詰まり、少し時間を持て余した。宴会までにはまだ余裕がある。ふと、諏訪大社の下社秋宮へ寄ろうと思った。
両親の健康を祈り、それぞれにお守りを買う。
悪くない寄り道だった。
さっき「止まらずに向かいます」と送ったばかりなのに、私はあっさり約束を破った。
人間というものは、案外そんなふうにできている。
夕方五時過ぎ、ホテル鷺の湯に着いた。
駐車場は賑やかだった。自家用車と観光バスが出入りしていた。女性スタッフに促され、私は敷地内の大きな樹の根元に車を停めた。
荷物を抱え、ロビーへ向かった。
集まったのは、日帰りの者も含めて十三人だった。
参加を決めるまでに、私はずいぶん迷惑をかけた。幹事にはただ感謝するしかなかった。とはいえ、その場に集まってしまえば、次回もよろしくという空気が自然に生まれていく。幹事というのは、つくづく因果な役回りである。申し訳ないと思いながらも、ありがとうと言うしかない。
顔を合わせるたびに、
「いつ以来だ?」
という言葉が交わされた。
何十年ぶりの者もいた。
日頃、文字だけはやり取りしている者もいた。
しかし、同じ空間にいることの意味は違った。
画面の向こうではなく、手を伸ばせば届く場所にいる。
「これがさ」と指を差せる距離にいる。
私がそのとき指を差した「これ」は、睡眠時無呼吸症候群の治療器具だった。
CPAPである。
昔なら、旅先に持っていくものはもっと違っていた。酒だったり、ギターだったり、読みかけの本だったりしたかもしれない。今は医療器具を持ってくる年齢になった。
それを私は少しおかしく思い、少しありがたく思った。
宴席が始まった。
酒が注がれる。
料理が運ばれる。
誰かが昔話を始める。
誰かがそれを訂正する。
訂正されたほうは、たいてい納得しない。
そういうやり取りが心地よかった。
近況報告が始まった。
五十代半ばになった友人たちの話には、それぞれの時間があった。
仕事のこと。
家族のこと。
身体のこと。
これからのこと。
昔は考えもしなかったこと。
聞きながら、私は彼らの足音を思っていた。
コツコツ。
タンタン。
ポンポン。
音は人によって違う。
歩いてきた場所も違う。
背負ってきたものも違う。
速度も違う。
学生時代という、人生のほんの一時期を同じ場所で過ごしただけの者たちが、それぞれ別の場所へ散り、別の時間を歩き、また一晩だけ同じテーブルを囲んでいる。
それは少し不思議なことだった。
この一晩で、彼らの人生のすべてがわかるわけではない。
わかるはずがない。
けれど、足音だけは聞こえる気がした。
彼らは歩いてきた。
確かに歩いてきた。
それに比べると、私の足音はどうだろう。
ペタペタ。
そんな音がする。
どこか幼く、締まりがない。
私はこれまで結婚をせず、一人で生きてきた。今さらそれを悔やんでいるわけではない。一人でいることは、さほど苦にならない。むしろ好んでさえいるところがある。
ただ、家族を持つ人たちには、最初の一歩で誰かに向けて差し出した言葉がある。
あるいは、その言葉を受けとめた経験がある。
一緒に生きていきましょう。
もちろん、本人たちはそんな大層な意識ではなかったと言うかもしれない。けれど、その一歩から積み重ねられた時間の重さは、やはり大きい。
若いころの私は、誰かと並んで歩くのが下手だった。
一緒に生きよう、と言うより、もっと暗い場所へ相手を引き込もうとしていた気がする。
私の孤独を、相手にも同じだけ持ってほしかったのかもしれない。
それは愛情ではなかった。
少なくとも、愛情だけではなかった。
自分でも扱いきれない重さを、誰かに預けようとしていたのだ。

えびぞーとの暮らしは、そういう私を少し変えた。
彼は、私の孤独を持ってはくれなかった。
甘えたいときだけ甘えた。
噛みたいときだけ噛んだ。
飽きれば窓の外を見た。
私はそれでよかった。
見返りを求めなかった。
湯たんぽを入れる。
刺身を少し分ける。
ブラッシングをする。
帰ってきたら名前を呼ぶ。
出ていくときは、少し恨めしそうな顔をされる。
それで十分だった。
人に対しても、もしかするとそれでよかったのかもしれない。
世界を差し出すことなどできない。
自分の持っているものは、いつだってほんの少しでしかない。
その少しを差し出す。
パンが一つあれば半分にする。
毛布が一枚あれば端を空ける。
言葉が少しあれば、置いておく。
できることは、そのくらいなのだ。
そして、そのくらいのことを、私はずいぶん長くわからずにいた。
もっとも――。
宴席で私がそんなことばかり考えていたわけではない。
笑った。
大いに笑った。
酒も飲んだ。
昔話もした。
私は間違いなく楽しかった。
湯気の立つテーブルの向こうに、友人たちの顔があった。
若いころの顔ではなかった。
けれど、笑い方は昔のままだった。
だから私は帰り道に礼状を書こうと思った。
少し照れくさくて。
少し幼くて。
そして、たぶん私らしい礼状を。
六 あと三十キロ
谷を渡る橋を継いで中央道の長い長い坂道を下り、名神高速ではいくつか大きな川を数えながら西へ向かった。
日暮れに向かう時刻、あるいは降り続く雨のせいかもしれない、何度も通ったはずの道中を、いつもよりさみしく思ったよ。
楽しい時間をありがとう。
そう言って、それだけを言っておくのが大人ってもんだろうと思いながら、あえて私はこうして寂しさを書き残すことにした。
こんなこと書かなくてもたぶん、君はお前はそういうタイプだよ、と言われそうな気もして、それが悪くない気分でもあるんだ。
結局のところ、楽しかったよ、ありがとう。
そういうことになる。
実は京都府に入ると雨も上がった。
空もまだ明るかった。
そしていま、目の前に晩御飯も運ばれてきた。
大丈夫、元気も出てきた。
現金なものだ人は。いや私は、か?
このご飯を食べたら、いよいよ家へ帰る。あと三十キロかな?
三十キロ。
それは遠いようで近い。
近いようで、まだ少し遠い。
えびぞーは長野へ帰った。
友人たちは、それぞれの場所へ帰った。
私も兵庫へ帰る。
人はどこかへ行き、誰かに会い、また帰っていく。
その途中で、足音が交わることがある。
長く続くとも限らない。
ずっと一緒に歩くわけではない。
けれど、ときに重なる足音がある。
昔の友人たちの足音。
長野の生け垣へ潜っていった猫の足音。
そして、私の少し頼りない足音。
コツコツ。
タンタン。
ペタペタ。
揃ってはいない。
揃っていないから、いいのかもしれない。
道路の白線が流れていく。
雨上がりの空は、すっかり暮れていた。
私はハンドルを握り直した。
家にはもう、「お帰り」と鳴く猫はいない。
玄関を開けても、足元へ寄ってくるものはいない。
それでも私は帰る。
帰る場所があるから帰るのではない。
帰っていくうちに、そこが帰る場所になるのだろう。
そう思った。
アクセルを少し踏んだ。
あと三十キロ。
もう少し走れば、家だった。


