なにしろ絶対値という名前である ―。
絶対値という言葉を扱うたび、少し不思議な気分になる。
最大値なら分かる。
いちばん大きい値だ。
最小値もそうだろう。
極限値は少し難しいが、それでも「限りなく近づく先」という気配はある。
だが、絶対値はどうだろう。
何が絶対なのか。
名前だけでは、なかなか見えてこない。
だから私は、絶対値を教えるとき、まず数直線を描く。
ただし、原点しか描かない。
目盛りもない。
1もない。
5もない。
原点だけだ。
生徒からすると、不親切に見えるかもしれない。
「5はどこですか」
そう聞きたくなるだろう。
だが、私はあえてそうする。
どこに描くか。
どれくらい離して描くか。
それは自分で決めてほしいからだ。
数学には、正しければ自由に決めてよいことがある。
その感覚を知ってほしい。
私は言う。
「原点から距離5の位置に印をつけてください」
右に一つ描く生徒がいる。
左に一つ描く生徒がいる。
最初から二つ描く生徒もいる。
やがて、数直線の上に二つの点が現れる。
+5と−5である。
そこで私は、原点と+5の間に弧を描く。
その弧の上に「⑤」と書く。
同じことを−5の側でもする。
すると、数直線の両側に二つの⑤が現れる。
違う場所にあるのに、書かれている数字は同じだ。
私は尋ねる。
「この⑤は何だろう」
距離。
長さ。
原点からの離れ具合。
そんな答えが返ってくる。
どれも悪くない。
本当なら、この⑤の命名権を生徒たちに渡したいところだ。
だが残念ながら、もう名前は決まっている。
昔の誰かが先に名付けてしまった。
絶対値
少し大げさな名前だな、と毎回思う。
けれど、右と左が変わっても変わらないものを見ているのだと思えば、少しだけ腑に落ちる。
+5でも−5でも、原点からの距離は変わらない。
右へ行こうが、左へ行こうが。
見ているものは同じだ。
その変わらないものに付けられた名前だと思えば、悪くない気もする。
そして私は、記号を使って
|5|
|-5|
と書く。
だが、生徒たちはもう知っている。
この二つが見ているものは同じ⑤だということを。
だから、
$$
|5|=|-5|=5
$$
という式は、新しい知識ではない。
数直線の上で、すでに見ていた景色を書き直しただけである。
絶対値を教えるたび、私は思う。
先に⑤があった。
あの二本線は、そのあとからやって来た。


