二枚目の放物線

机に向かい、ある一問を解き始めた。

\(s,t\) は非負の実数で、\(s^2+t^2=1\) を満たすものとする。
このとき、
$$
x^4-2(s+t)x^2+(s-t)^2=0
$$
の解 \(x\) の取りうる範囲を求めよ。

–東京大学 2005年より

四次方程式ではある。
しかし、現れているのは偶数次だけだ。
ならば、

$$
A=x^2
$$

とおいてみる。

式は

$$
A^2-2(s+t)A+(s-t)^2=0
$$

となる。

ここまでは、ごく自然である。
さて、この二次方程式をどう眺めるか。

私は最初から、グラフを描いて考えるつもりだった。

$$
y=A^2-2(s+t)A+(s-t)^2
$$

という放物線として見る。

平方完成すると、

$$
y=\{A-(s+t)\}^2-4st
$$

頂点は

$$
(A,y)=\left(s+t,\,-4st\right)
$$

と分かる。

まず気になったのは、頂点の横座標だった。
\(s+t\) はどこまで動くのだろう。

最小値はすぐ分かる。
どちらかが1、もう一方が0なら、

$$
s+t=1
$$

である。

最大値はいくつか求め方がある。
単位円の第一象限と直線 \(s+t=c\) を考えてもよいし、三角関数で置き換えてもよい。
私は、この日は不等式を使った。

$$
(s+t)^2\le2(s^2+t^2)=2
$$

より、

$$
1\le s+t\le\sqrt2
$$

となる。

頂点は横方向には

$$
A=1
$$

から

$$
A=\sqrt2
$$

まで動くわけだ。

ここで、いったん式から離れた。
まず、\(A-y\) 平面に二つの放物線を描いてみる。
一つは

$$
s+t=1
$$

のとき。

この放物線は、\(A=1\) でちょうど \(A\) 軸に接する。


もう一つは

$$
s+t=\sqrt2
$$

のとき。
頂点は右へ移動し、大きく下へ沈み、交点は

$$
A=0,\qquad A=2\sqrt2
$$

になる。

二枚のグラフを見比べる。
すると、不思議なくらい自然に思えた。
「この間を動くんだろうな。」

頂点は右へ動きながら下へ沈む。
だったら左の交点は左へ、右の交点は右へ広がる。
そんなふうにしか見えなかった。

しかし、少しだけ気になった。
本当にそう言ってよいのだろうか。
二枚のグラフだけ見て、その間まで分かったことになるのだろうか。

もう一度、式へ戻る。
$$
(s+t)^2=s^2+t^2+2st=1+2st
$$

だから、
$$
st=\frac{(s+t)^2-1}{2}
$$

となる。

ここで景色が変わった。
横方向と縦方向が、それぞれ勝手に動いていると思っていた放物線は、そうではなかった。
横位置が決まれば、沈み込みまで決まる。
放物線は、一つの量だけで姿を変えていたのである。

そこで

$$
u=s+t
$$

とおく。
すると

$$
1\le u\le\sqrt2
$$

であり、

$$
y=(A-u)^2-2(u^2-1)
$$

となる。

交点は

$$
A=u\pm\sqrt{2u^2-2}
$$

である。

大きい方と小さい方に分けて調べる。

小さい方は

$$
A_1=u-\sqrt{2u^2-2}
$$

大きい方は

$$
A_2=u+\sqrt{2u^2-2}
$$

である。

端を調べると、

$$
u=1
$$

ではどちらも \(1\)。

$$
u=\sqrt2
$$

では

$$
A_1=0,\qquad
A_2=2\sqrt2
$$

となる。

評価を進めながら、思わず笑ってしまった。
最初に二枚のグラフを見比べたときの印象が、そのまま式になっていただけだった。
「当たり前じゃん」が私に帰ってきたような気がした。

もちろん、答案では最後に一言添える。
「グラフを見る限りそう見える」でも、「当たり前じゃん」でもない。
「実際にそう動く」と書かなければならない。

交点は

$$
A=u+\sqrt{2u^2-2}
$$

$$
A=u-\sqrt{2u^2-2}
$$

である。

前者は単調に増加し、後者は単調に減少する。
最初にグラフから受けた印象が、数学の言葉になった。
途中で戻ることはない。

グラフが移動する様子

以上より、

$$
0\le A\le2\sqrt2
$$

となる。
もともと

$$
A=x^2
$$

とおいていたから、

$$
-\sqrt{2\sqrt2}\le x\le\sqrt{2\sqrt2}
$$

が求める範囲である。

問題は解けた。
あとになって思う。
数学では、式変形が注目されることが多い。
けれど、この問題で最初に私がしようとしたことは、計算ではなかった。

二枚のグラフを描き、見比べたいと思ったのだ。
その二枚は答えを知っていた。
一方で私は、その意味を少しずつ理解していった。
そして最後に、グラフが語っていたことを、式が静かに約束してくれた。

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