平方根。
改めて口にしてみると、どこか奇妙な響きを持つ言葉だ。おそらく、初めて教科書でこの文字を見た中学生の多くは、心の中で小さく首を傾げるのではないか。
「なんで、こんな変な名前なのだろう」と。
それも無理のないことだと思う。
算数から数学へと至る道すがら、彼らは多くの言葉に出会ってきた。足し算、引き算、分数、あるいは比例。それらはどれも、名前を聞けばなんとなく意味の想像がつくものだった。 しかし、平方根はどうだ。
文字をそのまま受け止めれば、「四角い、根っこ」ということになってしまう。数字の話をしているはずなのに、なぜか植物の生々しい器官が頭をよぎる。これでは意味が分からないのも当然だ。
だが、ここで少し立ち止まってみたい。
実はこの「平方根」という名前は、私たちが思う以上に正確にその本質を言い表している。
まずは、この言葉を二つに分けてみよう。「平方」と「根」だ。
— まず前半の「平方」について考えてみる。
私は生徒たちに、こんな問いを投げかけてみたくなる。
「平方根なんて言葉は初めて聞くかもしれない。でも、平方ならどうだろう。本当に一度も聞いたことがないかな?」
彼らは少し考え込む。すると、誰かが思い出したように口を開く。
「平方センチメートル」
「平方メートル」
そうだ。彼らは小学校のころから、面積の単位として「平方」という言葉を使ってきた。
平方メートルとは、一メートルかける一メートルの正方形の面積のことだった。
数学では、同じ数を二回かけることを平方、あるいは二乗と呼ぶ。
三かける三は九。
四かける四は十六。
ちなみに平方という言葉は、もともと正方形の面積を求める計算から生まれたものだ。
つまり、「平方」の方はすでに知っている。
問題は、その後ろに続く文字の方である。
— 「じゃあ、根って何だろう?」
中学生が知っている根といえば、植物の根か、根性の根か、そのあたりだろう。
算数や数学で「根」という言葉を使った記憶は、おそらくほとんどない。
そこで少し視点を変えてみる。
英語で平方根は、 square root という。
square は正方形。
root は根。
つまり、日本人だけが妙な名前を付けたわけではない。
世界中の人たちが、この概念を「根」と呼んできたのである。
植物の根に共通するイメージは何だろう。
地面の下に隠れていて目には見えない。
けれど、木や花を支えている。
少し強引に言い換えれば、「もとになっているもの」だ。
だから数学でも、数のもとを探す作業に「根」という言葉が使われたのかもしれない。
たとえば9という数を考えてみよう。
9を眺めながら、「この数はどこからやってきたのだろう」 と逆向きにたどってみる。
すると、3×3 に行き着く。
だから9の根は3。
――と言いたいところなのだが。
ここで私は、一人の生徒に反論される気がする。
「先生、それは少し強引じゃないですか」
その違和感は正しい。
— たしかに、9という数は3×3だけでできているわけではない。
1と8を足しても9になる。
4と5を足しても9になる。
18を2で割っても9になる。
それなのに、なぜ3だけが特別扱いされるのだろう。
なぜ「9の根は3」なのだろう。
そこで私は、自分の説明を少し訂正しなければならない。
「ごめん。さっきの言い方は少し雑だった。」
3は、『平方して9になったときの出発点』なのである。
ここに一本の矢印を描いてみよう。
3 → 9
3を平方したら9になる、を表したつもりだ。
平方とは、この向きの計算だ。
では平方根は何か。
平方根は、この矢印を反対向きに歩く。
9 → 3
9という結果から出発し、「お前は元々どんな数だったんだ」とたずねながら、出発点へ戻っていく。つまり平方根とは、 数の正体を暴く魔法ではない。
平方という操作を逆向きにたどるための考え方なのである。
— そして私は、この「逆向き」という発想こそが数学のおもしろさの一つだと思っている。
足し算の逆として引き算が生まれた。
かけ算の逆として割り算が生まれた。
同じように、人類は平方の逆として平方根を考え出した。
平方根とは、新しい計算というよりも、すでに知っている計算を反対側から眺めるための窓なのだ。
— ここまで来ると、生徒たちは少し安心するかもしれない。
9の平方根は3。
16の平方根は4。
25の平方根は5。
なるほど、思ったより難しくない。
ところが、私は知っている。
この穏やかな風景のすぐ先に、数学史でもっとも有名な謎の一つが待っていることを。
もし誰かが、ふとこんなことを言い出したらどうなるだろう。
「じゃあ、二の平方根は?」
4なら2がある。
9なら3がある。
では、平方して2になる数はどこにいるのだろう。
1ではない。
2でもない。
1.4でも足りない。
1.41でもまだ少し違う。
1.414でも、まだ完全ではない。
その数は、どこまでも追いかけても終わりが見えない。
人類はその奇妙な数と出会ったとき、自分たちが信じていた数の世界が思ったより広いことを知った。
平方根という名前の謎を解いた先には、そんな深い森が広がっている。
だが、その森へ入るのはまた別の日にしよう。 今日はただ、ひとつだけ覚えておけばいい。 平方根を学ぶとは、新しい記号を覚えることではない。
すでに知っている計算を、逆向きから見つめ直してみることなのである。
実をいうと、この文章には一つ嘘が混じっている。
いや、嘘というのは少し大げさかもしれない。
分かりやすさのために、わざと後回しにした話があるのだ。
それに気づいた読者もいるだろう。
気づかなかった読者も、そのうち気づく。
二乗して9になるような数は3だけではないから。
そして、「2の平方根」の物語も続ける必要がありそうだ。
だが、それらはまた別のお話。
今回はまず、「平方根」という奇妙な名前の意味が分かれば十分だ。


